観ていてスカッとする、とはいえないまでも、ガツンと1発パンチを貰い、クラッとする乱痴気ライヴ。
ヒップホップなカタチをとってはいるものの、アンチでやんちゃな裏パンク(本質的なスピリットをもつもたないに関わらず)としかいいようのないそのハードコア・ラップ・ロックに襲われたらもうどうにも逃げられませんでした。
1979年、ニューヨークのハードコア・パンク・バンドとして生まれたビースティー・ボーイズ。’81年、アダム・ヤウクの17歳のバースデイ・パーティーでのそれが初舞台でした。やがてそのタッチがヒップホップをクロスオーヴァーしたものへと変わって。’85年、パブリック・イメージ・リミテッド、マドンナ、Run-D.M.C.等のオープニング・アクトを務め、人の目を惹くようになります。そして’86年、”(You Gotta) Fight For Your Right (To Party)”でブレイクアウト。ヒップホップ系黒人アクトからもホワイト・ラッパーとして認められ、トップ・スターダムへ。
MCA、或る時はまたナサニエル・ホーンブロウァーとして知られるアダムは、そんな悪餓鬼アクトのオリジナル・ラインアップの1人として、ダーティーなラップをブチカマシタ上、極めてそれらしいオバカなヴィデオクリップも作り、癖の強いチーム・キャラクターを広く世に知らしめたその人……。
チベットの独立求め、チベタン・フリーダム・コンサートを催す、完全菜食主義の仏教徒でもありました。
Adam Nathaniel Yauch (1964.8.5 Brooklyn, New York – 2012.5.4 Brooklyn, New York)