「おれたちがここにいるのは、みんながここにいるからだ」オーディエンスに向かって彼はそう叫ぶ、心からのメッセージとして。
こじんまりとしたライヴ・ハウス、ほとんどのアーティストの出発点がそうでしょう。そのほんのひとにぎりが将来数万人のオーディエンスの前でパフォーマンスするようになります。そして忘れてしまうのです、数十人の前でパフォーマンスしていたころのスピリットを。
“SPRINGSTEEN & I”。
スプリングスティーンと私……そのまんま、彼のファンが愛してやまないスーパースターへのいろいろな想いをつづったインタヴューとライヴのドキュメンタリー・ムーヴィーとしてつくられました。リドリー・スコット製作/ベイリー・ウォルシュ監督/ブルース・スプリングスティーンとそのファン主演。来る2013年7月22日(日本時間翌23日)、たった1日、全世界同時上映となるため、或る種ファンタスティックなファン・ミーティングのようなものともなりそう。
全体的なトーンとしてはまず、ファンがそれぞれ3ワードで彼を表し、讃えるという流れから、特に深い想い、またはエピソードをもつ人のストーリーがフィーチャー。エピソードに絡むリアルなシーンを交え、ファンのコトバに光が当てられます。観ているコチラもいっしょに“追体験”を叶えられるのが楽しいですね。
とはいえいずれも、しょせんたんなるファンの甘い讃辞集。それがすべてなら、2時間以上鑑賞するに値するものとはいえないでしょう。しかし、そういった想いはすぐさま消えてなくなります。41年程前、ニューヨークでとらえられたソロ・ライヴ・パフォーマンス……スクリーンいっぱいに映る“Growin’ Up”を唱うその姿を目の当たりにしたせつな。聲、瞳、体、もろもろのなまなましいアクションを通じ、昔の彼に逢えるからです。
そんなファンと共につむがれる彼のライヴ・ヒストリー、それがクライマックスを迎えるのはなんとエンドロール後。30年以上の時を駆け唱われる“Born To Run”をバックにクレジットが終わると、2012年、ロンドンのハイド・パーク、ハード・ロック・コーリング・コンサートでのすばらしいパフォーマンスが始まるという。ニクイ流れ。そしてそのライヴがとてつもなくスゴイのです。
まずは、ピアノと共につづられる“Thunder Road”。いつもにもまして、独り想い出を噛み締め、時をふりかえるようすがしみじみと心をとらえます。
ついで、パティ・スミスに贈られた共作曲“Because The Night”。烈しくもうるわしい曲がダイナミックに、アグレッシヴに、ドラマティックに弾みます。かつて『スプリングスティーン大百科』という翻訳本を書いたりもした私ですが、彼のフェイヴァリット・ソングを訊かれる際、いつも「“Because The Night”……とかいったりして」と巫山戯るふりをしていました。ストレートじゃないと想われそうで。しかし、これからはもう、悪びれずにいえるでしょう。
というわけで続くライヴ、途中降りそそいだ雨の中のコンサートをたっぷり楽しめますね。しかも、雨に濡れずに。
そしてその後、すでに伝説化しつつあるポール・マッカートニーと彼のジョイント・ライヴも。“ギタリスト”の彼を見られる、“I Saw Her Standing There”。ついで、ザ・ビートルズの十八番ライヴ・レパートリーにして、スプリングスティーン御得意のパフォーマンス曲ともなっているR&B/R&Rクラシック“Twist And Shout”を。
もうね、幸せ、としかいいようがありません。
それにしても、楽しそうにふるまうその姿を見るといつも想わされます、つくづくこの人はライヴが好きなんだろうな、と。ファンの前でのものならなおさら。それはもう、世界的なセレモニーですら、彼のファンが集うものとはかなりパッションが異なるのがわかるほどです。1人1人を見て語りかけるように唱っているといわれる彼。オーディエンスも一瞬会場内で独り彼の目の前で聴いているみたいな感じになるともいわれ。全編通じ、そんな共同幻想体験にとらわれます。
スーパースターへのし上がってからも全く変わらず、いつまでも数十人を前にしたライヴのスピリットを失わないシンガー・ソングライター、ブルース・スプリングスティーン。たとえ何百万人集おうが、彼の目に映るのはいつもその時、目が合う人、たった1人しかいないのでしょう。いつだって、1人1人に語りかけているのです。
