Eurovision Song Contest

Eurovision Song Contest 4

HAWHOKKKEKYO 真説大衆音楽”洋”語辞典

Eurovision Song Contest

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58年のコンテスト・ヒストリーを通じ、最も栄に浴しているのが、アイルランド。1970年、”All Kinds Of Everything”を唱い、18歳のロンドナー(ノーザン・アイルランド・ネイティヴ)、ダーナが初Vを果たしたのが快進撃の始まりでした。’80年”What’s Another Year”を唱い、冠を戴くオーストラリア生まれのネイティヴ・アイリッシュ・シンガー・ソングライター、“ミスター・ユーロヴィジョン”ジョニー・ローガンが、’87年、勇躍自作曲”Hold Me Now”でダブルV。なんと’92年、’93年、’94年は、”Why Me”(ジョニー・ローガン作)のノーザン・アイリッシュ・シンガー、リンダ・マーティン、”In Your Eyes”のアイリッシュ・シンガー、ニアフ・カヴァナー、”Rock ‘n’ Roll Kids”のアイリッシュ・デュオ、ポール・ハリントン&チャーリー・マゲッティガンで、同番組空前絶後の3年連続Vをマークしてしまいます。因みにそんな中、’94年のインターヴァルでヨーロッパ中の瞳を釘づけにしたのがかの“リヴァーダンス”でした。翌’95年はトップ10すらもエントリーしえず、快記録も止まりますが、’96年、またしてもケルティック・クワイア、アヌーナのソプラノ、イマー・クインの唱う”The Voice”でトップへカムバック。V7……正真正銘横綱ともいえる快進撃ぶりでした。しかしその後、パタッとVは獲れなくなります。翌’97年も、シンガー・ソングライターのマーク・ロバーツが第2位奪取。次へ夢を繋いだものの、’98年以降2013年までの16回は、トップ10エントリーも4回しかなしえず。3回はグランドファイナルの進出権すらとれずに終わっています。それまではトップ5を18回もマーク(第1位が7回、第2位が4回、第3位が1回……)、トップ10エントリーしえなかったのが5回しかなかったんですから、吃驚仰天大逆転といえるでしょう。

それに次ぐのが、英国始め、フランス、スウェーデン、ルクセンブルクの強豪連で、V5。といっても、コンテストで唱われるのは殆どイングリッシュだったりしますし。ルクセンブルクが強いとかいっても、’61年のジャン・クロード・パスカル(フランス)、’65年のフランス・ギャル(フランス)、’72年のヴィッキー・レアンドロス(ギリシャ)、’73年のアン・マリー・ダヴィッド(フランス)、’83年のコリーヌ・エルメス(フランス)と、パフォーマー(ソングライター陣もパフォーマーと殆ど同じ)の国をみてみると、なんだかなーな想いにとらわれます。ルクセンブルクの中に曲を作り、歌を唱う人はいないのかと。いるんですけれどね、カミーロ・フェルゲンとかそれなりに(2回エントリーし、’62年はトップ3)。第1回以来、38曲エントリーを果たしたものの、ルクセンブルク・ネイティヴなパフォーマーが、たった7人しかいなかったという。まァ、’93年以降、出て来なくなったのもむべなるかな。

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