HAWHOKKKEKYO 真説大衆音楽”洋”語辞典
moonwalk -A-
そうなんですよね。
マイケル・ジャクソンが以後彼のトレードマークとなる“ムーンウォーク”を初めてやってのけたのが、1983年3月25日の夜。かつて彼がジャクソン5の1人としてブレイクアウトを果たしたレコードメイカー、モータウンの25年記念(1959年設立なので、フツーは次の年を示すのですが……)スペシャルTVショウ“Motown 25 : Yesterday, Today, Forever”の収録日、カリフォルニアのパサディナ・シヴィック・オーディトリアムで。そして、それが6週間後となる’83年5月16日、NBCでオンエアー。‘レジェンド’となったのです。
モータウンをつくった人ベリー・ゴーディー・Jr.は、抱えていたそのアーティストのみんなから讃えられるようなフレンドシップを築いてたとはいえず。ダイアナ・ロス、マーヴィン・ゲイ、マイケル・ジャクソン等、マストなアーティストからも当初軒並出演を断られてしまいます。なので、当のベリー自ら乗り出し、次々と出演の約束をゲット。独り残ったのがその日のハイライトとなるジャクソン5リユニオンでどうしても出てもらいたいVIP、マイケルでした。けれど、色々恨みをもっていた彼は首を縦にふりません。諦めるわけにいかないベリーは、ついに彼のとんでもない出演交換条件をのむはめになります。それは、ジャクソン5の出演後、彼が独り“Billie Jean”を唱うのを許すというもの。モータウンのスペシャル・ショウなのに、同レーベル外の曲を唱う……そんなメチャクチャな話ながら、ハイライトを失うよりはましだったのでしょう。そしてその日。唯一彼のみがリップシンクで唱ったにもかかわらず(モータウンの曲ですらなかったのに)、結果的に同パフォーマンスが最も大喝采を博す事となります。
とどのつまり、歌はどうでもよかったかもしれません。オーディエンスがトリコになったのは、彼のクールとしかいいようのない佇まいと、なんといってもしなやかに決まったそのダンスでした。とくに後半部のブリッジを飾る、まるで宙を歩いているが如くバック、くるくるっとスピンし、ツマサキダチするという技は、ホール中の目を止め、溜め息を誘うものとなります。
正にその時、彼一流のダンスステップ“ムーンウォーク”は生まれました。
<つづく>
