毎年夏、スイス・レマン湖の畔で行われるモントルー・ジャズ・フェスティヴァル。最早音楽界、夏の風物詩ともいえるでしょう。1967年に始まったそのライヴ・イヴェントは、なんともう46回を数えています。いったいその間、どれほどすばらしいパフォーマンス、どれほどおもしろいエピソード、どれほどとてつもないクロスオーヴァーが生まれていったことか。ミュージシャン、ファン、ジャーナリスト、そして催すオーガナイザー、集う人の交わりからもいろいろと。正しくそんなふうに年を重ねていったもののみが得る‘誉’、それをモントルー・フェスからは感じとれます。ラインアップとして招かれる事自体が栄に浴すると思われる……音楽祭たるものそうでなければなりません。
ディジー・ガレスピー、マイルス・デイヴィス、ヴァン・モリソンら、ライヴ盤をつくったアーティストがフェスの回数並に数えられるのもその顕れ。フェスの間ではないものの、それが当初行われていた古いモントルー・カジノが、1971年の暮れ、フランク・ザッパのライヴ中に大炎上するようすから、ディープ・パープルの“Smoke On The Water”が生まれるなど、ロック・クラシックにまつわる因縁話も。
キース・ジャレット、ビル・エヴァンス、エラ・フィッツジェラルド……ジャズのイヴェントとして始まりましたが、ほどなくしてサンタナ、レッド・ゼッペリン、ピンク・フロイドなどのロック系アクトもフィーチャー、ソウル系はいうまでもなく、レゲエ、ブラジリアン、ラテン、ユーロ、アラブ、アフリカン、そして我が国も含むアジア系に至るまでそのラインアップはどんどん広がりました。B.B.キング、アレサ・フランクリン、ロバータ・フラック、ウェザー・リポート、ニーナ・シモン、フランク・ザッパ、チャック・ベリー、プリンス、ジルベルト・ジル、チック・コリア、リンゴ・スター、エリス・レジーナ、エルメート・パスコアール、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ、ジミー・クリフ、パーラメント・ファンカデリック、エリック・クラプトン、スティング、ボブ・ディラン、シャカ・カーン、シェブ・マミ、ユッスー・ンドゥール、アイス・T、シャーデー、ビョーク、トーリ・エイモス、ディープ・パープル、ハービー・ハンコック、オフラ・ハザ、パット・メセニー、ブラッド・メルドー、ジョニー・キャッシュ、ジャミロクワイ、レディオヘッド、ブラック・アイド・ピーズ、松岡直也等々……。まだういういしかったアデルのパフォーマンスも忘れられません。グローバルに鑑み、カテゴリーの枠を取り外し、すべてフリーに。音楽界ならそうあってほしいと想う夢を叶えてくれたフェスともいえるでしょう。
そんな夢のフェスティヴァルは、或る人の愛とパッションを基に生まれました。
クロード・ノブス。モントルー生まれの彼は、1966年、ホテルを学ぶためニューヨークへ。ジョン・コルトレーンら自ら愛してやまないアーティストが多いレコード・レーベルのアトランティックを訪れ、プレジデントのネスヒ・アーテガンに会ってみようとふと想い、試みます。そして、それが機となり、アトランティックのバックアップも得て、ミュージック・ヒストリーに深くその名を刻むフェスティヴァルが生まれたのです。むろん彼の‘熱い’想いなくしては始まらなかったでしょう。
正に熱い人でした。“Smoke On The Water”で、大炎上の真只中、子供達を外へ連れ出し、救ったと唱われる‘Funky Claude’。真のエピソードに基づいたその詞にとらえられているように。
R.I.P. Claude Nobs (1936.2.4 Montreux, Switzerland – 2013.1.10 Lausanne, Switzerland)