SuperStarsStory
1★The Monkees -4-
モンキーズのゴールデン・イヤーとなる1967年、前年暮れから始まった本格的な米・英コンサート・ツアーも成功裡に収め(ちなみにその米ツアーで、ジミ・ヘンドリックスがオープニング・アクトを数回務め、ブーイングを受けています)、TVショウも全世界39か国でオンエアー。正真正銘世界のスーパー・アイドルとなります。もちろんその中に、’67年10月6日、金曜夜7時、番組放映開始(TBS系全国ネット~至’69年1月31日)と共に即人気沸騰、私の心を鷲づかみにした我が国も含まれていたわけで。やがてその時間帯にかぎって、家でTVをみるため、銭湯通いしていたオンナのコの姿が消え、新聞社会面で報じられるくらい、凄まじいブームを呼んでいます。もはやその快進撃を止めるものはいません。しまいにはデビューからおよそ1年8か月でシングル/アルバム合わせてミリオンセラー11作という、ビートルズに勝るとも劣らない高速達成記録をうちたてます。
初めのうちはTVショウのサウンドトラックふうに売ろうとした音楽制作陣も、モンキーズを”アーティスト”としてとらえるようになりました。耳も目も無い半可通たちからは、ギョーカイの青写真にのっかって、オーディションで集い、操られているだけのバンドと言われつづけた彼ら。しかし、大半を自前で演奏、(1stからすでに携わっていたマイケル・ネスミスのみならず)過半数の曲づくりにすら皆で取り組む3rdアルバムあたりから、バンドとしてオリジナリティを示すようにもなります。
サイケデリック・エイジならではのポップ・ロックをかたちづくるユニークなグループだったともいえるでしょう。ボブ・レイフェルソンと共に、ジャック・ニコルソンがストーリーを認め、フランク・ザッパも共演陣に名をつらねた、彼らにとって初めての劇映画”Head”(’68年全米公開)も、サイケデリックで、風刺的で、カルトで、一風変わった不思議な出来映え。興業的にみるならまるっきり芳しくありませんでしたが、音楽的にもつぶそろいでしたし。どうみても並のスーパー・アイドル・グループじゃありませんでした。
<つづく>
