Summer Holiday Special : Penguin’s Album Reviews
20 Presente / Delia Fischer (2010)
晴れわたった夏の日、目をつむって深呼吸したら、ふっと浮かんだ想い出の浜べ……。そんなセンチメンタルなムードにちょっぴり浸れるかもしれません。たとえそれが冬の真夜中であっても。
1964年8月29日、リオ・デ・ジャネイロ生まれのブラジル人異才女性ピアニスト&ヴォーカリスト、デリア・フィッシャー。1986年、クラウディオ・ダウエルズベルグとフェニックスというインストゥルメンタル・ジャズ・デュオを組み、ミュージシャンとして第一歩を記します。ただしそのコンビは長つづきせず、アルバムをリリースするものの、’90年解散。ソロの道を歩むようになります。1999年、デビュー・アルバム”Antonio”リリース。2010年発表のソロ第2作となる本作品”Presente”はそれ以来実に11年ぶりにつくったリーダー・アルバムでした。
サンバとジャズが変幻自在絶妙にクロスオーヴァーされた音世界に、甘くたおやかな声がゆらゆらと舞い、ほっとひと息つける幻想的作品となっています。ゆるやかに歌っていても、それはただのスローバラッドにはあらず。陰にサンバのリズムがしっかりと息づいています。あるいはまたサンバのリズムはそのままに、ちょっぴりアヴァンギャルドなエフェクトも交え、ネオサイケデリックなボッサ・ジャズを決めてみたり。ミルトン・ナシメントでおなじみのミナス系伝承音楽の流れをくむものも。ちなみにその曲”Das Águas”のウォーター・ドラム風なリズムはプールでつくったとか。猶、同曲除く残りすべてが共作含むオリジナル。”Aluvião”、”Vozes No Mar”、”Nascimento Da Vênus / Venus Födelse”……どれもメロディアスで美しいものばかりです。エクセントリックな絵画風なものから、時にはまるで美少女のせつないラヴストーリーをとらえた映画音楽風なものまで。
歌そのものにインパクトはありません、声のやさしさに和まされはしますが。たぶんいい人なのでしょう、おともだちになるなら。けれど、それゆえか抱きしめたくなるような儚さもなければ、強く熱い想いのようなものも伝わってきません、歌をただ聴く限りでは。しかし、そこにピアノが交わった時一変します。切れがあってつぶだつそのプレイは穏やかなインテリジェンスを感じさせ、歌同様フェミニンにまわりをふんわり包みます。で、それと共に歌も命の炎が点り、生き生きしてくるのです。いうなれば”ピアノあってこその歌”なんですよね。交わって、一つ。弾き語りはつまり独りデュエットみたいなものだと。
さらに、パーカッション、アコーディオン、ストリングス等によるアンサンブルの妙もそのドラマ性に一役買っています。あたかもそれはさざ波がぶつかり合うかのように、細かくうがった穴に水が注がれるかの如く。重鎮連エルメート・パスコアルのメロディカを始め、匠ヒッカルド・シルヴェイラのアコースティック・ギター、そしてデリアの後見人エグベルト・ジスモンチの12弦ギター等も、よりいっそうの”深み”をもたらしています。
ヴォーカリストのゲスト・セッションもまたその陰影感をがらっと変え、本作品を彩り豊かなものにしました。とくに、かつてバンドを組んでもいた古き良き仲アナ・カロリーナとのそれは、ハーモニーがしっくり合う、のみに止まらず。低くしっとりとした声で紡がれる想い、心をぐらぐら揺さぶるその歌は、かたわらにしっかり寄り添い、手を繋ぐピアノ無しでは成り立ちえません。
ともあれそんな息をのむインタープレイもいろいろつまったこの1作。オーガニックなネオボッサ・ジャズとかいうと、意味合いがだぶって少し変ですが、正にそういった感じです。ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック、即ちMPBと、アメリカン・ジャズはそもそもとても近しいものですが、それぞれが巧妙に融合し、結実したものといえるでしょう。ファンタスティックなしらべに心をとらわれます。瞼の裏に浮かんだ想い出の海と共に……。
