Lip-sync

HAWHOKKKEKYO 真説大衆音楽”洋”語辞典

lip-sync

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“American Bandstand”等、’60年代頃の米TVヴァラエティ・ショウにおいては、ほとんどのケースで、歌・伴奏共、すべて録音済の音が使われていました。そして’80年代初めから始まったMTVはその流れをよりいっそう推し進めます。アーティストは、ヴィジュアル的要素を重要視。それはライヴの演出面の複雑化へとつながり、もはや生で歌う事は二の次に。ダンス等、パフォーマンスのサイドの演出面が、ヴォーカルの妨げになるならば、歌そのものを前もってレコーディングしてしまえ、と、とらえかたが変わっていったのです。ダンスで息が上がってしまうなど、ヴォーカリストとして恥ずかしいと思う、そんな当り前の思いがだんだん薄れていったのもそのあたりから。フツーのコンサートで、リップシンク、即ちヴォーカリストのパントマイムが見られるようなります。

広く世に知られるのが、’83年の”Motown25 : Yesterday,Today,Forever”で行われたマイケル・ジャクソンのパフォーマンス。”Billie Jean”でのそれは、しかし、別の意味合いから伝説的パフォーマンスとなり、リップシンクのネガティヴな面を覆い隠します。

’90年代入りしてからは、ジャネット・ジャクソン、ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック、ミリ・ヴァニリ等、トップ・スターが悪びれずリップシンクをもちいるように。しかし、グラミー新人賞に輝く大成功を果たしたミリ・ヴァニリは、ライヴのみならず、レコーディングもリップシンク(?)だった事が暴かれてしまい、新人賞剥奪にまでいたります。ただしその後も、始まってしまった”流れ”は止まることがありませんでした。

やがてそれは、あってはならない筈の国歌斉唱時にすら行われるようになります。スーパーボウルを始め、MLBオールスターのセレモニー等のそれですね。外で歌う事が難しいのはわかります。ふだん実力派といわれている人であればあるほど、ミステイクを恐れるのもまた然り。しかし、最高峰のパフォーマンスと讃えられ、後でリップシンクと暴かれたスーパースターたちよりも、歌のクライマックスで飛行機の”スクランブル”がかかったため(空のショウとして)、歌えなくなっちゃったドナ・サマーのほうがよほど好印象として残るってものですよね。

というわけで、極私的にはまァ、あまり好ましいとは思えないリップシンクですが、パフォーマンス(またはアーティストのなりたち)によってはありかな、と。カルチャー・クラブのようにあえて音と外してみたりする確信犯も、彼らならおもしろいし。チップマンクス、パートリッジ・ファミリー、アーチーズなんかだと、リップシンク無しではなりたちませんから。アニメのキャラクターは当り前だろうって? 1組人間のもいますが(^.^;)

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