Sukiyaki

Eternal Songs Kaleidoscope 佳曲萬華鏡

Careful 3 : Sukiyaki / Kyu Sakamoto

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さてお待ちかね、お次は”Sukiyaki”ヒットの世界旅物語。1961~’62年、我が国でビッグ・ヒットを果たしたこの曲を、折しもその時、来日中の英パイ・レコーズ社代表ルイス・ベンジャミンが耳にしたのが、”Sukiyaki”ワールド・ツアーの第1幕。何かハートに触れるものがあったんでしょうね。帰国早々同曲を英人気ジャズ・バンド、ケニー・ボール&ヒズ・ジャズメンでレコーディング。ただし、”Ue O Muite Arukou”(I Look Up When I Walk)そのままでは、ラジオのディスク・ジョッキーが覚え辛い上発音しにくいからと、短く、キャッチーで、欧米人に最も親しみのある日本語”Sukiyaki”にタイトルがつけかえられます(ちなみにこのタイトル変え、後にニューズウィークに、それは「ムーン・リヴァー」を「ビーフ・シチュー」にするようなものだと叩かれました)。そしてそのシングルが、’63年早々、英ヒットチャートのトップ10に輝いてしまったのです。日本人のつくった曲としてはもちろん初めての大快挙。これが第2幕ですね。

そして第3幕、米ワシントン州パスコのラジオKORDのDJリッチ・オズボーンが偶然坂本九のオリジナル・ヴォーカル盤(リスナーの高校生が日本人のペンフレンドからもらったと送ってきたものだとか)をオンエアーしてみたら、米国人からも大反響。米キャピトル・レコーズがリリースするや、忽ちヒットチャートを急上昇し、ついに’63年6月15日付米Billboardのランキングで、レスリー・ゴアの「涙のバースデイ・パーティー(It’s My Party)」を下し、日本語作品として史上初のNo.1へ。3週間第1位をキープし、あまつさえミリオンセラーも果たしてしまったのです(英ヒットチャートも最高第6位にランク)。永六輔作詞、中村八大作曲、坂本九歌唱、通称六八九トリオによる、NHKのTVショウ『夢であいましょう』の歌「上を向いて歩こう」が日本人初、空前絶後の世界制覇をなしとげた、正にその時でした。

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